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京都家庭裁判所 平成4年(家)2511号 審判 1993年2月22日

申立人 姜東明

相手方 朴栄蘭

主文

本件申立てを却下する。

理由

1  申立ての要旨

申立人と相手方は昭和60年3月14日に結婚した。相手方は、結婚以前から精神科の治療を受けていたもののようで、2年半を経過した頃から精神状態に変調を来たし、家事のできないようなことが幾度となくあった。平成2年夏相手方が妊娠した際もかかる疾患のあるため、出産を諦めるよう勧めたにもかかわらず、相手方はそれに耳を傾けず平成3年5月3日事件本人を分娩した。しかし、同年12月事件本人が気管支炎で入院した際も相手方は、その看護ができず、病院から苦情をいわれたほどで、その後も相変わらず家事、育児が十分にできないため、相手方の両親に協力を求めたが断られ、家庭を維持していくことが困難となった。そこで、申立人は離婚請求を提訴しているが、その判決がなされるまでの間、事件本人を養育能力のない相手方のもとにおいておくことは、事件本人の福祉が損なわれるおそれが大きいので、事件本人の引渡を求める。

2  認定事実

(一件記録に添付の各資料と家庭裁判所調査官による調査報告を参照)

(1)  申立人と相手方はいずれも日本で生まれ育った韓国人であり、見合いのうえ昭和60年3月14日婚姻し、当初借りていた奈良県北葛城郡○○町のアパートから、同年9月字治市○○の公団住宅へ転居し、昭和62年5月寝屋川市○○町にマンションを購入して夫婦の住居にしていた。

(2)  相手方は、結婚前から○○病院精神科で診療の病歴があったものであるが、平成元年頃妊娠できないことなどを苦にして精神的に不安定となり、眠れないなどの状況が高じ、神経衰弱様状態となって暫く同病院に入・通院治療を受けていた。その後卵管閉塞症の施術により漸く持望の懐胎を得、平成3年5月3日事件本人を帝王切開で分娩した。

(3)  実家で産後の養生をしたのち、同年7月ころ住居のマンションに戻ったのであるが、申立人は、この出産に反対していた経緯があり、ことに事件本人の泣き声がするとうるさがり、育児ができていないなどと、相手方を叱ったり暴力を加えたりして、しばしば母子を車で実家に送り帰していた。また、この実家から突如として事件本人を連れ帰り、小沢千鶴子(申立人の姉)に預けようとしたことがあるが、5日間ほどで諦めて相手方のもとに返している。

(4)  申立人によれば、同年12月21日事件本人が気管支炎で○△病院に入院した際に、相手方の精神異常のため看護ができず、病院から苦情をいわれたほどであるというが、これを認めることはできない。

(5)  申立人は、同月26日頃相手方の母親に離婚の意思を伝え、また、平成4年1月18日頃にも相手方の実家に行って離婚を申入れたが、聞き入れてもらえなかったため、同年6月離婚調停の申立てをしている。申立人は、調停で自己の考えに固執し、調停委員の説明に激し、説得にも耳を傾けようとせず、同調停は僅か2回で不調となり、離婚訴訟に持ち込んで係争中である。

(6)  同年1月頃事件本人がひきつけを起こしたので、念のため△△病院で脳波検査を受診したが、異常ないとの診断であった。同年9月夜間に痙攣を起こしたので、救急センターへ行った。そして大学病院で検査を受けたところ、熱性痙攣で遺伝性のものと診断され、以後定期的に通院しているが、その後も発作を起こしており、マンションから救急車の世話になったことは1度や2度にとどまらなかった。かぜなどで高熱がある時に3~5分間痙攣が続くということで、病院からの座薬を常備し、発熱の際に対応している。12月頃から薬剤が適応し安定した状態になった。申立人は、このように緊急事態が頻発するのは、相手方に監護能力がないことの象徴であるように非難するが、その実態は以上のとおりである。

(7)  申立人は、同年5月2日マンションから自分の持ち物を引き払って退去するとともに、マンションのローン支払い、相手方に対する生活費の送金を停止するに至っている。相手方は現在なおマンションに留まり、週末実家に行くという生活を続けている。そのため両親は相手方のマンションを往来し、また生活に必要な経済的援助をしている。

(8)  同年8月17日本件申立てがあったので、相手方の監護状況を把握するため同年9月22日家庭裁判所調査官の家庭訪問による面接調査を実施した。その結果は、事件本人の発育は正常で表情豊かであったこと、室内は幼児がいる割りには整頓され、便所、風呂場も清潔であったこと、相手方は日常の子育てについて淡々と説明し、応対の様子や事件本人に対する態度等から母と子の愛着関係は良好で情緒的に安定し、特に問題は感じられないとの観察を得た。

(9)  ○○病院の主治医に照会したところによると、相手方の症状(診断名は明らかにされなかった)は現在のところ安定しており、本人が家族、医師と連絡を密にし、外来で加療を続ければ育児や家庭生活をすることも可能であるとの回答であった。

(10)  申立人が事件本人を引き取った場合、奈良県橿原市に居住の姉杉山聡子(申立人方との距離は約3.5キロメートルで夫と2人の息子がいる)、あるいは三重県上野市に居住の姉小沢千鶴子(申立人方との距離は車で約1時間程で夫と1男1女がある)に監護を委託する約束であり、その間申立人が頻繁に往来して親子関係が希薄にならないようにするので、事件本人の養育環境、監護能力に劣るところはないといっている。

3  判断

本件申立ては韓国人夫婦間の子の引渡請求であるから、親子間の法律関係の問題として、法例21条により準拠法を求めると、子の本国法である韓国法となるから、大韓民国民法837条2項を類推適用して、子の年令、その他子の福祉にかかわる事情を参酌して相当な処分を命ずることができると解すべきである。

そこで、上記認定の事実に基づき検討するに、相手方は、精神科の病歴があり、婚姻中にも受診し、現に外来で継続的な加療が必要な状態であるとされており、申立人指摘のとおり、同居生活中の相手方の状態なら監護能力に不安がもたれるのもやむをえないといえよう。しかし、申立人がマンションを退去して別居生活になってから、相手方は申立人との摩擦、葛藤がなくなったこともあって、次第に落ち着きを取戻し、また、子育てにも慣れて自信と熱意をもち、特に問題のある熱性痙攣については、病院の指導により処置方法を心得てきており、相手方の両親も往来して物心両面にわたり支援していること、治療継続を前提として現在のところ症状安定し育児することが可能であるとの主治医の保証があることから、相手方による事件本人の監護状況にはさしあたり不足、支障はないものと認めるべきである。そうして、事件本人の出生時から相手方のもとで養育され、日夜実母による保育を欠かせない2才にも満たない幼児であることなどの諸事情を考慮すると、申立人との監護の諸条件を比較するまでもなく、本件申立ては必要がないものとして、却下するのを相当とする。

(家事審判官 篠原行雄)

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